浦原 | ナノ
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▼ 藍染編4

「さっさと起きろこのノロマ!!!」

聞き覚えがありすぎる突然の罵声に飛び起きる。予想通り、目の前には仁王立ちの涅隊長がいた。待って状況が理解できない。隊長に待ったをかけてひとつずつ思い出していると、すぱーん、と頭を叩かれた。もちろん犯人は隊長である。

「この私が作った薬を投与したんだ、いつまでも転がってるんじゃないヨ!」

「隊長、わたしが初めて隊長が作った薬を実戦で使用したんですよ。超切羽詰まってたことくらいわかるじゃないですか」

「もうピンピンしてるじゃないか」

「お陰さまで!!なんかめちゃめちゃ気分悪いですけど!!」

薬の副作用なのか、単純に負担が大きかったのかはわからないけれど、身体は軽いが吐き気と頭痛がすごい。もしかしたら起きぬけに涅隊長の顔をドアップで見たからかもしれない。ふぅ、とため息を吐いて意識を失う前のことを思い出す。藍染は、市丸は、どうなったのだろうか。わたしの頭を撫でてくれていた、あの人は。わたしの頭の中を見透かしたように、涅隊長が簡潔に状況を説明してくれる。まず、市丸は藍染の手にかかえり死亡、藍染は黒崎一護と浦原喜助の力で封印したらしい。当然、藍染に嵌められた形の浦原隊長も平子隊長たちも無罪放免になるとのことだ。そうですか、とだけ返すと、いつものように涅隊長はつまらなそうにふん、と言って私にはやることが山ほどあるのだヨ、とどこかに行ってしまった。ボロボロの部下を容赦なく置いていく辺り歪みないけれど、せめて四番隊のところに連れていってくれるくらいの優しさが欲しい。少しずつクリアになっていく頭に、身体の動きを確かめるように立ちあがった。さすが隊長の薬。気分がめちゃめちゃ悪い以外は問題はなさそうだ。きょろきょろと辺りを見回すと、突然身体が宙に浮いて、すごい速さで移動していく。戦いが終わったから完全に気を抜いていた半ばパニックである。

「行くぞ」

聞き覚えのある声がしたかと思うと、開かれた穿界門に地獄蝶なしに突っ込んでいく。意味がわからな過ぎて悲鳴を上げることしかできなかった。助けて隊長。

「ど、どこ連れてくんですか四楓院隊長…!」

「手荒な真似して済まぬのぅ。ちと空座町まで付き合ってもらうぞ」

はぁ!?と声を上げるわたしなんてまるで気にしていないように、拘流の迫る中を颯爽と駆け抜ける四楓院隊長は、先程藍染に戦闘不能にされていなかっただろうか。昔から何を言っても無駄な人である上に、今の体調と穿界門の中という状況を考えれば、抵抗しても無駄なことは火を見るよりも明らかだった。というよりも四楓院隊長の速さで穿界門を駆け抜けていることで、気持ちの悪さに拍車がかかっている。半ば屍のような状態でたどり着いた空座町。連れて来たぞ、と誰かに声をかけてわたしを下ろす四楓院隊長。胃の中のものを全て吐いてしまった方が楽なのでは、と吐く態勢に入ると、背中から間延びした声がかけられる。

「ありゃー、起きちゃったんスね。せっかくなまえサンにはアタシの膝枕で気持ちよく眠ってもらおうと思ってたのに」

吐き気が一気に吹っ飛んで、勢いよく振りかえる。そこには想像通り、浦原隊長が立っていた。先ほど被っていた帽子は戦いの中でなくなったのか、顔がよく見える。昔はなかった無精髭が少し外見を老けさせているようだ。

「お久しぶりっスね、なまえサン」

「……う、らはら、隊長」

もうアタシは隊長じゃないっスよ、と昔とは違う顔で、笑った。もう大罪人ではない。でも、だからなんだというの。わたしの100年は、それだけで水に流せるものではない。わたしは、この人と、どう接すればいいの。何も言えずにいると、浦原隊長は今のアタシはしがないハンサムエロ店主です、と茶化す。アタシ、なんて昔は言っていなかったのに。随分、変わりましたね。嫌みのつもりだった。しかし全く気に止めた様子もなく、口元をだけをにやつかせた、わたしの知らない笑い方をするだけだった。

「いやァ、なまえサンも少し見ない間に随分とたわわに実られていて驚きましたよ」

「なんの話ですか!!」

明らかに胸元に感じる視線につい両手で胸元をガードしてしまった。さっき薬を取り出すために胸元を探られた時だろうか。ちゃっかり確認しやがったらしい。スパーン、と四楓院隊長が浦原隊長の頭をすっぱたいていた。痛い!と悲鳴を上げる浦原隊長を白い目で見ていると、落ち着いたみたいっスね、と今度は目元を垂れさせた、わたしの好きな笑顔を見せた。ガチガチに緊張していたわたしのための冗談だったのだろうか。いや、隣で四楓院隊長が大きく首を横に振っている。自分でエロ店主を名乗っていたし、それはそれなのだろう。

「お話、しましょ」

四楓院隊長は何も言わずに席を外して、浦原隊長とふたりで向き合う。先程の茶番もあって、少しだけ気持ちは落ち着いていた。

「まずは、すみませんでした」

深々と頭を下げた浦原隊長。あの時は、連れて行けなかった。どうしても、置いていく以外の選択肢はなかった。でも、それならちゃんとお別れをするべきだった。そうしなかったのは自分の落ち度だと。そう続ける浦原隊長を、ただ見つめる。わかってる、わたしなんて足手まといになるだけだって。連れて行ってくれなかったのは、わたしの力不足でもある。だけど、

「それだけじゃ、ないでしょう」

浦原隊長が、わたしを置いていったのは、それだけじゃないはずだ。実際、わたしと接触する機会が全くなかったわけではないだろう。黒崎一護たちが旅禍としてやって来た時だって、四楓院隊長を通してわたしに何かを伝えることだって、できたはずなのだ。手段があっても、この人は何もしなかった。何も、伝えることがなかったということだ。

「ほーんと、なまえサンにはお見通しっスねえ」

「………わからないですよ、あなたの考えてることなんて。昔も、今も」

「ボクが昔、なまえサンを好きだったことも、今でもなまえサンをとても大事に思ってることも、嘘じゃないです」

でも。そう続いた言葉の先は、予想していた通りだった。アナタを一番にすることはできない。やらなければならないこと、やりたいこと、生きていきたい場所。昔から変わってしまった。昔からわたしを一番にはしてくれなかったくせに。まるでこの100年で変わってしまったかのように言うのは、本当にずるいところだと思う。これ以上言わせたくない。勝手にけじめつけさせて、すっきりさせるなんて絶対に嫌だ。浦原隊長、となおも言葉を続けようとする彼を遮って名前を呼んだ。もう隊長じゃない。わたしの隊長は、涅隊長だ。100年間でいやというほど身に染みている。それでも、この人は、わたしにとってずっと浦原隊長なのだ。

「わたしは、あなたのことがずっと好きでした」

「……ボクもです」

「でも、わたしは100年なんて途方もない時間は待てなかったし、これからも傍にいてくれない人を好きでい続けることなんてできません」

だから、と言う声が震える。これで本当に終わりなんだ。忘れたかった。嫌いになりたかった。でも、帰ってきてほしかった。わたしを選んで欲しかった。いや、ちがう。帰ってきてくれないから、わたしを一番にはしてくれないから、嫌いになろうとした。忘れようとした。

「お別れです、浦原隊長」

最後だから、一瞬たりとも目を離さずにいよう。潤む視界が目の前の彼を歪ませていく。わたしをじっと見つめていた浦原隊長は、少し目を伏せて、はい、と返事をした。長い長いこの人へのわたしの恋が、本当に終わってしまった。瞬きと同時に涙が頬に流れ落ちた。それと同時に、ぐい、と引かれる腕。もともと長身なのに、下駄を履いてるせいでさらに大きく見える身体に、すっぽりと包まれる。それでも、と頭の上から小さく降ってくる声。大好きだった、声。

「これからもずっと、ボクの心の真ん中にい続けるのは、アナタだ」

ぎゅう、と苦しいくらい抱きしめられる。

「また、100年経っても?」

「何年経っても変わらないっスよ」

「わたしが、他の人と付き合ったり、結婚したりしても?」

「それは妬けちゃいますねェ」

浦原隊長の着ている作務衣の背中当たりをを弱く握る。お別れだって言ってるのに。そういうときに限ってこの人は。ぐりぐりと頭を胸元に押しつけると、全然嫌じゃなさそうに痛い痛い、と大げさな反応をしてみせる。本当にひどい人。こんなことされたら、思ってしまうじゃないか。また、って。そんな時はもう来ないかもしれない。だけど、少しだけ、思ってもいいかもしれない。またいつか、わたしとあなたの、生きる道が重なる時が来るまで、と。


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